頑固おやじの独り言

震災の記憶

更新日:2011.11.9

 先の東日本大震災で被災なさった方に、心よりお見舞い申し上げます。     日々の追いかけられる生活の中で、薄れかけていく震災の記憶をたどって    水戸は震度6弱。今までに経験した事のない大きくて長い揺れでした。幸い、展示の家具は傷にはなりましたが、倒れることなく無事でした。TVボードに乗せてあったTVも倒れませんでした。飾ってあった器はことごとく飛び出して割れてしまいましたが、壁に掛けてあった木の時計は落ちませんでした。ただ、2階の神棚が落ちておりました。後日いらしたお客様から、笠間稲荷様と大杉神社様が身をもって守ってくれたのでしょうと言われました。  地震直後、お店にいらしたお客様を外に出すのに夢中で、うずくまっているお客様に向かって、大声で「外に出ろ」と叫んでいました。2週間後、そのお客様がご契約においでになり嬉しかったです。でも、怒鳴ってごめんなさい。  外に出て、ガラスが波打ってるのを見たとき、恐怖を感じました。そして、道路の渋滞は始っておりました。  つくばのスタッフが戻ったのが6時間後の21時30分。東海に配達に行っていたスタッフは日付が変わるころでした。那珂川を渡れる橋が国道6号の橋だけで、大渋滞だったそうです。この日は店に泊まりました。  翌日、定時には全員が出勤してくれました。涙です。ありがとう。被災なさった方には申しわけないと思いますが、お店が県庁に近いため、電気と水は翌日に復旧いたしました。  片付けをしてオープンできたのですが、お客様はまったくお出でになりません。当たり前ですよね。それどころでは無かったはずですから。  いちばん困ったのは、ガソリンが入れられない事でした。私の車は給油ランプが地震直後から付いてましたので、本当に困りました。  「水道が使えます」とガラス窓に張り紙をしました。その時に水を持ち帰られた方が、5月にお菓子を持ってお礼に来られた時はスタッフみんなが喜びました。  聞けば「茨城には出張禁止」としていた会社もあったようですが、「高速でガソリンが入れられたから来たよ」と水を持ってきてくれた職人もいました。九州の職人から大きな箱が届きました。中身は水とカップ麺そして生理用品。嬉しかった。水を何度も何度も送ってくれる取引先様がありました。軽油ならタンクにあるからいつでも分けるよと電話をくれた運送会社様。一泊二日で家具の傷を直しに来てくれた職人様。突然、陶器の問屋さんから、なくて困ってる人がいるだろうから、安く売って、売り上げは義援金にしてくれとただでたくさんの器が届きました。本当に、感謝です。  みんなに支えられてると感じ、涙もろくなった私がおります。  一寸先は光と感じて、前に進みます。

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